サド侯爵の小説『悪徳の栄え』のなかに、アペニン山脈に棲むミンスキーという人肉嗜食魔のエピソードが出てくるが、ベルリンの性科学の大家イワン・ブロッホ博士の考証によると、このミンスキーには実在のモデルがあるのだそうである。それはピレネー山脈に棲むブレーズ・フェラージュという山賊で、町へ出ては少年少女をさらってきて、彼らの肉を食っていたという怪物である。

 サドの小説のなかで・怖ろしい人肉嗜食魔ミンスキーは、次のような大演説をぶつが、まさか現実のモデルは、こんな超人的な能力の持主ではあるまい。

 「わしは当年四十五歳、わしの淫蕩の能力は、毎晩十回埒をあけなければ決して眠りにつけないほどだ。わしの毎日食っている莫大な量の人肉が、精液の量を増やし、精液を濃くするのに大いに役立っていることは、疑うべくもないことだ。ためしに誰か、この食餌療法を試みてみるがいい。たちまち、その男の淫欲の能力は三倍にもふえ、なおそのほかに、この結構な栄養物によって、力と健康とみずみずしさとが回復するだろう。わしがこの人肉をどんなに好んでいるかについては、多言を費すまい。論より証拠、一度でも味わってみれは、もうほかのものは食えなくなってしまう。獣肉にまれ魚肉にまれ、この人肉に比肩し得るほどの肉は一つもないのだ。最初はちょっと嫌な気がするが、そいつを克服して食ってしまえば、もう絶対に飽きるということを知らぬ。」

 まあ、小説の話をしていたら切りがないけれども、人肉嗜食を描いた有名な外国の文学作品といえば、フロべール『サランボー』、ヴォルテール『カンディッド』、スタンリー・エリン 『特別料理』、テネシー・ウィリアムズ『去年の夏、突然に』などがすぐ頭に浮かぶし、日本では、上田秋成『青頭巾』から江戸川乱歩『闇に蠢く』までの、猛烈なネクロ・サディズム(屍体加虐症)文学の系譜があることを思い出さないわけにはいかない。


#ls2(妖人奇人館/人肉嗜食魔たち)


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