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*マゾヒズムの元祖マゾッホと奇妙な契約結婚をした

 サディズムの元祖として、[[サド侯爵>マルキ・ド・サド]]という男がいたように、マゾヒズムの元祖としてはマゾッホという男が実在していた。[[サド>マルキ・ド・サド]]は十八世紀のフランス人であるが、マゾッホは十九世紀末のオーストリア人。しかし二人とも貴族で、[[レオポルド・フォン・ザッヘル・マゾッホ>ザッヘル・マゾッホ]]は、警察署長の息子であった。

 恵まれた環境に育ったマゾッホは、早くも二十歳でグラーツ大学の歴史学講師となり、さらに小説を書きはじめ、たちまち流行作家の地位にのしあがった。

 もっとも、この大学講師の書く小説は、きまって騎慢な女と、この女に屈従することを喜ぶ男とが出てくる、いわゆるマゾヒズム小説ばかりなのである。いちばん有名なのが、『毛皮を着たヴィーナス』という小説で、この作品のなかでは、残酷な美しい女ワンダが、彼女の崇拝看である男の前に、素肌の上に毛皮のコートを着て、鞭をもって現われるのである。

 さて、マゾッホが三十六歳のとき、不思議な女が彼の前に現われた。マゾッホの小説の愛読者で、ワンダ・リューメリンという、洋裁学校に通っている娘であった。

 じつは、彼女の本名はオーロラ・リューメリンというのだったが、彼女は小説家マゾッホに近づくために、わぎとワンダという名を名のったのである。前にも述べたように、ワンダは小説『毛皮を着たヴィーナス』のなかの女主人公の名前である。

 そのうえ、彼女は二十七歳で、まだ独身だったのに、結婚経験者のような顔をしていた。そのほうが、マゾッホが喜ぶにちがいない、と思ったからである。

 ふつうならば、男と結婚するために、処女のような振りをするのが当り前なわけであるが、なにしろ相手がマゾヒストなので、裏の裏を読まなければならなかったのである。

 ワンダ・リューメリンとマゾッホとは、こうして契約を交わして夫婦になった。これも小説のなかの筋書き通りである。つまり、ワンダが絶対権力のある女主人で、マゾッホは彼女の命令を何でもきく、卑しい奴隷になるという契約であった。

 まことに奇妙な契約結婚であるが、何と、この関係が十年もつづいたというから驚くべきことである。マゾッホも異常であるにはちがいないが、ワンダもそれに劣らず異常ではないか。どう考えても、彼女はサディストだとしか思われないではないか。

 やがて十年の契約の期限が切れて、二人は別れる。ワンダは別の男と一緒になり、マゾッホも若い女と再婚する。

#ls2(女のエピソード/ワンダ・リューメリン)

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