ダッシュウッドは若いころ、父親から受け継いだバッキンガムシャーの大邸宅を根城にして、同好の士をあつめ、「ディレッタント・クラブ」なるものを組織した。これは文学青年があつまって、たわいない芸術論に花を咲かせながら、飲み食いするだけのものだったらしい。ただ、その当時から彼には、人目をおどろかすミスティフィケーション(煙に巻くこと)の趣味があった。大邸宅の庭に、小さな山をこしらえたり川を掘ったり樹を植えたりして、女のヌードの形をつくらせたのである。当時はまだヘリコプターがなかったから、空から眺めるわけにはいかなかったが、もし全体を一望のもとに眺めたら、さぞや面白い見物《みもの》であったにちがいない。
 一七五三年ごろ、さる友人の手から、テムズ河畔のメドメナムにある古い修道院の土地をゆずり受けると、ダッシュウッドは、これに大改築をほどこして、ここを仲間たちの遊びと快楽のための、豪著な一大殿堂に変えようとした。計画が練られ、まもなく大工や石工や画工が、夜間、ひそかにロンドンから差し向けられてきた。仕事にあたる職人は、この計画を誰にも洩らさないことを固く誓わせられたが、噂はたちまち国中にひろがり、いっせいに好奇の目がメドメナムの地に注がれた。
 ダッシュウッドの夢はやがて実現し、壮麗なゴシック式のアーチや、蔦《つた》におおわれた柱廊や、物さびしい中世紀ふうの塔などが次々に完成した。古い僧院の廃墟から、ヴィーナスの石像を発見すると、ダッシュウッドはこれを塔の壁龕のなかに安置した。入口の門には、「汝の欲するところをなせ」という標語を記した額が高々と掲げられた。いわば快楽主義の宣言のようなものである。院長のダッシュウッドと二、三の友人以外は入場禁止の礼拝堂には、天井にエロティックな壁画が描かれ、周囲の壁に十二使徒の猥褻な戯画が描かれた。黒ミサのための祭壇も用意された。
 僧院跡の広々とした庭園には、いたるところに奔放な姿態をきわめたエロスや、男根をふり立てたバッカスや、手ごめにされたニンフの彫像があり、暗い洞窟があり、池があり、緑の茂みがあった。そして、あちこちの石や樹には、「歓楽きわまりて、ここに死せり」とか、「この場所にて、数限りなき接吻を交わせり」とかいった挑発的な言葉が彫り刻まれていた。庭つづきのテムズ河の岸辺にほ、わざわざヴェニスから取り寄せたという黒いゴンドラが繋がれていて、次第によっては、舟のなかで気ままな痴態を演ずることもできるのだった。


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Last-modified: 2008-03-20 (木) 15:31:58