マクシミリアン・ロベスピエール、Maximilien François Marie Isidore de Robespierre(1758-1794)

フランスのアラスに生まれ、弁護士をしていたが、1789年三部会の議員に選出されてから革命に身を投じる。
ジャコバン派のリーダーで、対外戦争よりも革命を徹底させるべきとの理由で、君主制の支配するヨーロッパに対する戦争に反対(1792年4月)し、その後、ルイ16世の処刑判決を招いた。
1793年、ジロンド派が失墜すると、ジャコバン派を率い、革命政府の指導者となった。 7月、公安委員会に入り、まもなくその原動力となり、民衆の要求に応えて反対派を次々と処刑するなどいわゆる恐怖政治(テルール)を行った。
テルミドールの反動を起こし、ロベスピエール派はあっけなく逮捕、処刑された。-http://www5a.biglobe.ne.jp/~french/bio/r.html

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Last-modified: 2005-02-26 (土) 13:05:54