パルマー事件とよく似た保険金詐欺の事件として、ちょうど同じ頃フランスで評判になったのは、クウティ・ド・ラ・ポムレエ事件である。ポオと並び称される十九世紀の恐怖小説作家リラダンの短編に、『断頭台の秘密』という傑作があるが、これは、同事件をモデルにして書かれたものだ。

デジレ・エドモン・クウティ・ド・ラ・プムレエは、一八三〇年ロワーレ県の生まれ、パルマーと同じく職業は医師であり、パリに出てきて開業していた。気違いじみた出世主義者で、虚栄心が強く、なかなかの洒落者でもあった。リラダンの描写によれば、「神経質な眼、理屈屋らしい顔、錆びた押さえつけるような声、能弁一方の特有な四角ばった表情、わざとらしく上品な挙措」の持主である。

ポムレエは打算的な気持から、持参金を当てにして金持の娘クロチルドと結婚したが、結婚する前から、彼より十二歳も年長のポオウ夫人という、さる貧乏絵描きの未亡人とひそかな関係をつづけていた。ポオウ夫人は、彼とのあいだに二人の子供を生んでいたが、すでに色香は衰え、いつまでも恋人の心を繋ぎとめておくことは無理のようであった。はたして、結婚すると、ポムレエは妾宅に通うことをぴたりとやめた。

千八百六十一年十月、結婚後三ヶ月目に、義母のデュビジイ夫人は婿の家に遊びにきて、夜食の途中、急に激しい発作を起して死んでしまった。夫人はまだ元気で、しっかり者で、死ぬような年齢ではなかった。娘の結婚の際、彼女はポムレエの人柄が気に入らず、なかなか婚約を承知しなかったばかりか、自分の財産を若夫婦の自由にさせることさえ、頑固に拒んでいた。

むろん、義母の突然の死には、ポムレエの魔の手がはたらいていたに違いなかった。ところで、邪魔者がいなくなると、彼はさらに怖ろしい悪魔的な計画をめぐらしはじめた。

今まで関係を絶ってきたポオウ夫人と、ふたたびより[よりに傍点]をもどし、拙宅に足しげく通い出したのだ。そして六ヶ月後の千八百六十三年十一月十七日に、この不幸な女は、果てしない嘔吐と痙攣に苦しみながら、あえない最後をとげた。

義母の場合はうまく発覚を逃れたものの、今度の場合は、事情が違った。死んだポオウ夫人がいくつかの保険会社と契約していた事実を知って、彼女の義弟が毒殺の疑念を抱き、検察庁に訴え出たのである。パリ警察が調査してみると、ポオウ夫人は八つの生命保険会社とのあいだに、総額五十五万フランにのぼる保険金の契約をしていたことが知れた。

発掘された夫人の屍体は、名高い薬物学者アンブロワズ・タルディユの執刀で解剖に付されたが、胃や腸の穿孔もなければ慢性病の症候もなく、毒殺の疑いを起させるようなものは何一つなかった。ところが、ポムレエの自宅を捜査してみると、十五センチグラムのジギタリンと、昇汞ベラドンナ毒ニンジン青酸ストリキニーネなどを含む毒物約九百種類が押収されたのだ。いくら医者の家であるとはいえ、この数量はいささか奇怪と申さねばならない。

それに、もうひとつポムレエの迂闊だった点は、犠牲者の吐瀉物を拭い去っておかなかったことだ。薬物学者のタルディユとルーサンが丹念にこれを分析して、胃の内容物とともに動物に摂取させてみると、ほとんど即座に動物は死亡した。そこで二人の薬学者は、夫人の死は植物性の毒によるものであり、化学的にこれを遊離させることは不可能に近いが、その効果はジギタリンの中毒に酷似している、と結論を下したのである。…


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Last-modified: 2005-02-26 (土) 16:48:02