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 伝説に残っている最古の毒殺事件といえば、ニネヴェの都を築いたアッシリア王ニヌスが、その妻である女王セミラミスに殺された事件であろう(紀元前二世紀)。セミラミスはバビロンの「架空庭園」を造営した贅沢好きな、男勝りの女王である。
 聖書の中には、毒についての記述はきわめて少ない。遊牧のユダヤ民族は毒にあまり興味がなかったのかもしれない。旧約の申命記に、「汝らのうちにニガゼリまたはニガヨモギを生ずる根あるべからず」とある。黙示録第八章にも、「燈火のごとく燃ゆる大なる星、天より落ちきたり、川の三分の一と水の源泉との上におちたり、この星の名は、ニガヨモギという。水の三分の一はニガヨモギとなり、水の苦くなりしによりて多くの人、死にたり」とあるのを見れば、この苦味のある植物が、彼らのあいだで毒と考えられていたことは明らかである。
 バビロニアの王[[ネブカドネザル>ネブカトネザル]]が乱心して野原へ出、ニガヨモギの根に中毒した結果ではあるまいか。


伝説に残っている最古の毒殺事件といえば、ニネヴェの都を築いたアッシリア王ニヌスが、その妻である女王セミラミスに殺された事件であろう(紀元前二世紀)。セミラミスはバビロンの「架空庭園」を造営した贅沢好きな、男勝りの女王である。

聖書のなかには、毒についての記述はきわめて少ない。遊牧の民族は毒にあまり関心がなかったのかもしれない。旧約の申命記に、「汝らのうちにニガセリまたはニガヨモギを生ずる根あるべからず」とある。黙示録第八章にも、「燈火のごとく燃ゆる大なる星、天より落ちきたり、川の三分の一と水の源泉との上に落ちたり、この星の名はニガヨモギという。水の三分の一はニガヨモギとなり、水の苦くなりしによりて多くの人、死にたり」とあるのを見れば、この苦味のある植物が、彼らのあいだで毒と考えられていたことは明かである。

バビロニアの王ネブカトネザルが乱心して野原へ出、四つんばいになり、牛のように草を食ったという伝説も、もしかしたら、このニガヨモギの根に中毒した結果ではあるまいか。

ペルシア人は逆に、毒薬入りの料理などをつくることに長じていたらしい。ギリシアの歴史家クテシアースの伝えるところによれば、ペルシア王アルタクセルクセスの母パリュサティスは、憎い息子の嫁スタテイラを亡き者にするために、鶏を半分に切り、その一方を自分が食べ、もう一方をスタテイラに食べさせて、まんまと彼女を毒殺したという。種あかしは簡単で、鶏を切った庖丁の刃の片側だけに毒が塗ってあった。

オリエント諸国のうちで最も毒物学が進んでいたのは、何といっても錬金術発祥の地エジプトであろう。ツタンカーメン王が二十歳に満たずして夭折したのは、彼のアモン神礼拝に不満をもつ僧侶や軍人たちが気脈を通じて、この若きファラオンにひそかに毒を盛ったからだ、という説がある。第十八王朝崩壊寸前の無政府状態を考え合わせれば、この説はあながち根拠がないとはいえない。

たしかに、トート神につかえる祭司たちは王国内で隠然たる勢力をもち、蒸溜によって果物の核から「青酸」を抽出する方法を知っていたらしい。そして粗暴な君主や、僧侶階級の意志に従わない君主に対して、この毒を用いることを常としていたようである。上流階級では吐剤や灌腸がひろく行われていたから、毒の行使は容易であった。

「メッテルニヒ板」とか「トリノ魔法パピルス」とか呼ばれるエジプト関係の古文書には、毒を人間の体外へ追い出すための、咒文のような、詩のような文章が書かれていて、古代エジプト人がサソリや蛇のような毒虫に咬まれるのを、いかに怖れていたかが理解される。

プトレマイオス王家では、罪人を使って毒の実験が行われ、死ぬためには、いかに苦痛少なくして効果の多い方法があるかを、毒のコレクションによって研究していた。にもかかわらず、追いつめられた女王クレオパトラが、毒蛇によって自殺したのは皮肉であった。

クレオパトラがイチジクの籠の底にかくして運ばせたアスピスという蛇は、体長二ヤード余りにおよぶ猛毒蛇の一種であった。

伊沢凡人氏によると、このアスピスは「いろいろの毒蛇を指した言葉であるが、狭義には南欧に住むViperaaspisを指している。アスピス種は頭部がかなり扁平で、鼻部は鋭角をなし、フランスに多く、地中海沿岸地方シュワルトワルド、スイスおよびトロール地方にも分布し、石灰山に棲息し、冬期は平野に下りる。」

「とくにエジプトに住んでいる毒蛇をアスピスと言い、エジプトの蛇使いたちがもてあそぶのは、これである。クレオパトラが、おのが身を咬み殺させたアスピスというのは、北アフリカに生息するhorned viperであると一般に信じられ、その学名は「ケラステス・コルヌトゥス」と称し、もっぱら砂地を好み、眼と、その特徴に富んだ角と、鼻孔を残し、身体を砂中に埋め隠している。すこぶる毒性に富み、体長は三十インチにおよぶ」のだそうだ。(科学随筆『毒』より)

彼女はこの蛇に乳房を咬ませ、黄金の玉座の上で女王の正装をして死んだ。一説には、中空になった飾り針を髪にさしていて、これがいざという場合に役に立つ毒の容器だったとも言われている。(ニュールンベルクの戦争犯罪人ゲーリングが、ガラスのカプセルを腹部の皮膚の下に縫い込んでおいたのと似ているではないか。)

#ls2(毒薬の手帖/古代人は知っていた)


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