ベルナール・パリッシー、Bernard Palissy, 1510-1590

彼の作品を特徴づけるものの一つに、爬虫類や魚介類、植物を自然のまま型どりした、いわゆる“田園器物”と呼ばれる大皿がある。これは現在はもう存在しないが、パリッシーがカトリーヌ・ド・メディシスとモンモランシー大元帥のために、チュイルリーとエクーアンに造った洞窟の中に装飾として制作したものの模作である。-http://www.louvre.or.jp/louvre/japonais/collec/oa/mr2293/oa_f.htm

男の名はベルナール・パリッシー。1510年頃フランス南西部で生まれた。フランスでもルネサンス美術が開花したころである。
 パリッシーは辞書によっては錬金術師と書かれている。しかしこれは誤解、錬金術の研究はしており錬金術師の友人もいたが本人は違う。むしろ批判もしている。あえて言うなら博物学者だろう。
 若い頃にはステンドグラスの下絵職人として各地を転々、他のガラス技術や土地の地質や農業、林業などまで幅広い知識を貯えていった。30歳の頃に結婚し、同じ頃に陶器に興味を持ち、同時に錬金術にも関心を示した。忙しいことである。
 パリッシーと聞けば、西洋陶器に詳しい方ならグロテスクな、カエルやヘビ、イモリ、カタツムリといった爬虫類他をメインに据えたいささか気味の悪い皿や壷など思い浮かべることだろう。女性に嫌われそうなモチーフばかり選んだようで、何かコンプレックスでもあったのかと勘ぐりたくなるが、これはパリッシーの自然指向による。彼には理想の庭園の夢があり、それは普遍的な美しさを持ち、かつ出来るだけリアリティに富んだ内容を備えていなければならなかった。
 彼は化石や鉱物の研究もしており、そのメカニズムについても当時としてはかなり正確に捉えていた。そのため創世記との矛盾もみられ教会に睨まれたりするが、それはさておき、化石や鉱物の持つ普遍性と自然の美しさを彼の庭園で融和させようとし、その材料に陶器を使おうとしたのだ。-http://www.geocities.jp/Portlandvase/alchemist.htm

フランス・ルネサンスの人々岩波文庫 渡辺 一夫 (著)

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Last-modified: 2005-02-26 (土) 13:00:35