中学校の歴史の教科書に、「聖バルテルミーの虐殺」と題された、十六世紀当時の古い銅版画の挿絵が挿入されていて、年少のわたしは、その微細に描かれた残酷な集団殺戮《さつりく》の場景に、魅せられたように飽かず眺め入ったものであった。

朝まだき、手に手に火縄銃や槍をもった獰猛な兵士たちが、パリの新教徒たちの民家に押し入り、ベッドのなかで寝ている男女を裸にして、窓から街路にほうり投げる。路上では、女や子供までが無残に刺し殺され、首に縄をつけて引きずられ、手とり足とり、セーヌ河に投げこまれる。いたるところで火縄銃が煙をあげ、髪ふりみだした半裸の男女が屍体となってころがっている。

メリメの『シャルル九世年代記』によると、「血はセーヌ河に向って四方から流れ来り、往来を通る者は、たえず窓から投げ出される死骸の下敷きになって押しつぶされる危険があった」ということである。

前景から背景まで、余白も残さずびっしりと克明に描きこまれた銅版画は、いくら眺めても決して見飽きることがなく、まるで一種ふしぎな沈黙の活人画のように、遠い歴史の血なまぐさい一齣を、わたしの眼底にありありと灼きつけるのであった。…


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Last-modified: 2005-02-26 (土) 13:05:13