この怪人物の伝記を書いたのは、ローマ帝政時代のフィロストラトスという学者である。アポロニオスに関するふしぎな伝説は、ほとんどすべて、このフィロストラトスの本[#ティアナのアポロニウスの生涯]のなかに述べられていると言ってよい。むろん、これから私が紹介するエピソードも、この学者の本のなかから引用するわけだ。
 さて、フィロストラトスによると、この古代の怪人物アポロニオスは、あたかも十八世紀の神秘主義者スウェーデンボルグのように、ふしぎな透視の能力をもっていたという。つまり一種の千里眼である。スウェーデンボルグロンドンにいながら、ストックホルムの大火を透視したという話は有名であるが、アポロニオスもまた、エペソスにいながら、約千五百キロも遠く離れたローマにおける皇帝の暗殺をまざまざと見たのである。
 当時、ローマには皇帝ドミティアヌスが君臨していた。この皇帝は暴君として有名で、最後には妻の陰謀で、一人の奴隷に短刀で刺されて殺されるのである。殺されたのは、ちょうど正午の時刻であった。同じ頃、アポロニオスエペソスの闘技場に隣接した庭園で、しずかに講義をしていた。と、突然、彼が講義を中断して立ちあがり、まるで幻覚でも見たように叫び出したのである、「それ、今だ、暴君を刺せ!」と。
 弟子たちは呆気にとられ、先生が急に気が狂ったのかと思った。しかし、しばらくすると、アポロニオスはふたたび冷静を取りもどして、弟子たちを眺め渡しながら、「よいか、エペソスの諸君」と語り出した、「ただ今、暴君は殺されましたぞ。ミネルヴァの女神も照覧あれ。たった今、私が講義を中断した時に、暴君は刺されて死んだのです……」と。やがて知らせの者が駈けつけてきて、皇帝暗殺のニュースを告げると、人々はさらに驚いた。時刻も状況も、アポロニオスが語った内容とぴたり一致していたからである。


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Last-modified: Tue, 18 Mar 2008 00:16:39 JST (3868d)