前に引用したイタリア人のヴェルツェーニは、女ばかり殺して食っていたが、若い男の子ばかり殺して食っていたという、やはり犯罪史上にも名高いドイツ人の肉屋、フリッツ・ハールマンという男もいる。「ハノーヴァーの吸血鬼」と呼ばれる、このフリッツ・ハールマンこそ、わたしの思うのに、おそらく、古今東西の人肉嗜食魔たちのなかのチャンピオンともいうべき人物であろう。

 ハールマンは同性愛者で、露出症者で、一種の誇大妄想狂でもあった。警察のスパイをやっていたこともある。一九一八年のドイツといえば、第一次大戦直後の混乱時代で、街には淫売婦や浮浪児が群れていたが、ハールマンは浮浪児のなかから目ぼしい少年を選んで、自宅へ連れてきては、同性愛行為にふけりつつ、少年の首を絞めて殺すのだった。そして肉切り庖丁で屍体を引き裂き、「今朝処分したばかりの仔牛の肉」として店頭にぶら下げたり、時にはソーセージにしたり、ステーキにしたりして客に売ったという。

 もちろん、自分でも肉を食べるのである。まず咽喉に噛みつき、屍体から頭が離れてしまうまで肉を喰らう。すると、その問に、はげしいオルガスムを感じるのであった。

 一九一八年から二四年まで、何と六年間も誰にも怪しまれずに、次々に少年を殺してはその肉を売っていたというから、まことに驚くべきことである。裁判では、二十八名の犠牲者の名が挙げられたが、本人はこれに大いに不満で、最後に死刑を宣告されて断頭台にあがる時まで、「おれは四十八名までおぼえている」とつぶやきつづけていたという。

 ハールマンには惚れた相棒がいて、その相棒は、ハンス・グランスという若い男娼だった。つまり、彼の「妻」だったわけで、いつもベッドでいっしょに寝ていたのはもちろん、少年誘拐および殺害の仕事も、彼が「妻」にそそのかされて行ったという面もあったようだ。同じ趣味だからよかったものの、そうでなければ、この「妻」も、ソーセージにされていたかも分らない。

 なにしろ肉屋だから、肉を切り刻むのはお手のものだし、服や前掛が血だらけになっていても、店頭に骨の一つや二つ転がっていても、それほど怪しまれないという利点があった。しかしハールマンも、何度か危ないところを逃れている。ある時などは、肉を買いにきた二人の淫売婦が、売り台の下に突っこんである大きな肉の魂りに、気味がわるくなって、その一片を警察に届けたことがあった。細かい毛の生えた皮膚の一部がついていて、人間の腎のような形だつたというから、考えただけでも気味がわるい。しかし警察では、「豚だよ、これは」と言って、笑って取り合わなかった。

 ハノーヴァーは河と運河の町である。一九二四年五月、河で遊んでいた子供たちが、少年のものらしい頭蓋骨を泥のなかで発見した。数週間たつと、また一つ、さらにもう一つ見つかった。それと同時に、少年の連続失踪が起った。ここで初めて、ハールマンに疑いがかけられたのである。ベルリンから派遣された腕ききの刑事が、美少年をおとりにして、様子をうかがっていると、果して、ハールマンは美少年を家に引き入れた。そこで強制ワイセツの疑いで、刑事が家に乗りこみ、部屋をさがすと、たくさんの少年の上着やズボンが出てきたのである。

 もうその頃は、「ハノーヴァーの吸血鬼」の噂は大へんなもので、裁判が行われるようになると、傍聴人がわんさと法廷に押しかける騒ぎだった。女の傍聴人が多いと、彼は機嫌が悪かったらしい。証人の供述がだらだらしてくると、彼は退屈して、葉巻を吸ってもいいかと裁判長にたずねたりした。−コリン・ウィルソンの『殺人百科』に、そんなことが書いてある。

 被害者について尋問され、数名の少年の写真を見せられたが、ハールマンは、そのなかのある者については、自分の犯行を否認した。その時の言い草がふるっていて、「こんな醜い少年には興味をもたない」と彼はうそぶいたのである。いかにも男色家らしく、彼には美意識があったのだ。


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Last-modified: Thu, 12 Mar 2009 12:51:41 JST (3481d)