さて、最初の夫が逃げてしまったルクレチア・ボルジアの二度目の結婚の相手は、アラゴン家の庶子であったビサグリア公アルフォンソである。結婚式は一四九八年七月、やはりヴァチカン宮で豪勢にとり行われた。

新郎は結婚当時十七歳の美少年で、ルクレチアより一つだけ若く、花嫁に心から満足のようだった。ルクレチアも最初の結婚の時とは違って、新しい美男の夫にすっかり熱をあげていた。一年目には、ロドリゴという男の子も生まれた。

ところが、この幸福も束の間、結婚後わずか二年にして、新しい夫はまたしてもチェザーレの陰謀によって、ルクレチアの手から奪われてしまうのだった。

事のしだいをややくわしく述べれば、―一五〇〇年八月のある日、アルフォンソヴァチカン宮の階段を下りてくると、たちまちそこに待機していた大勢の刺客に襲われて、頭と、右腕と、膝に重傷を負わされてしまう。すぐにヴァチカン宮の一室に運びこまれて、看病される身となった。大勢の名医がよばれた。

そして一ヶ月ばかり無事に過ぎ、もう危険を越したと思われたころ、ひとびとの予想を裏切って彼は急に死んでしまったのである。

一部の噂によると、チェザーレがいきなり病人の部屋にはいってきて、ルクレチアその他の付添人を無理に部屋から出て行かせ、家来のミキエリという者に、もう立ち上れるほど元気になっていたアルフォンソを、ベッドの上で締め殺させたのだという。

ルクレチアの嘆きはいかばかりであったことか。彼女は夫が瀕死の重傷を負わされたと聞くと、苦悩に打ちのめされたものであるが、勇気をふるい起して、病室に閉じこもり、一ヶ月あまり、献身的な看病にはげんだのだ。チェザーレに毒を盛られることをおそれて、みずからストーブの上で食事をつくっては、病床の夫に食べさせていたのだ。それほどまでに用心していたのに、愛する夫はあえなく殺されてしまった。・・・・・・

アルフォンソの遺体はその日のうちに、ひそかに聖マリア・デルレ・フェブレ礼拝堂に運ばれ、葬儀もなしに埋められた。


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Last-modified: Mon, 17 Mar 2008 00:04:14 JST (3897d)