うるさい父親がいなくなると、彼女は前にもまして放埒になり、次から次にいろんな男と関係を持った。良人の従弟のナダイヤック侯爵とのあいだに、不義の子を生んでしまった。また子供の家庭教師として家に出入りしていた、ブリアンクールという若い男の情婦にもなった。むろん、ゴーダンとの関係も相変らず続いていて、彼とのあいだには二人の子供をもうけた。こんな放蕩のために、彼女は莫大な財産をどんどん使い減らしていた。

こうなると、残された遺産を一人占めにするために、次ぎに犠牲にすべきは弟たちであった。今度も、ゴーダンが五万五千リーブルの報酬で、彼女の計画に手を貸そうと申し出た。ゴーダンの助手のラ・ショッセという者が、命を受けて弟たちに毒を盛った。このとき、下の弟の死因に疑問がもたれ、解剖の結果、毒殺と認定されたが、辛うじて彼女は追及を免れた。

このころから、そろそろ彼女の行く手に不吉な暗い翳がさしてくる。あまりにも軽率に、自分の計画を他人にしゃべったり、当てにならない恋人ゴーダンに万事を託したりし過ぎたのである。悪辣なゴーダンも、その弟子のラ・ショッセも、彼女の秘密の私信を握っていて、たえず彼女を脅迫しては金を捲き上げていた。

ある種の傾向の人間には、毒殺は一種の趣味であり、性的昂奮を伴う誘惑でもあって、一度この病癖にとりつかれると、到底やめられなくなるものらしい。「化学者が自分の満足のために実験するのと同じように、特別な目的とてなく、それ自体の快楽から、毒殺者は、その生死が自分にとって何の関係もない人たちまで殺すのである」と、小説『スキュデリー嬢』のなかで、ブランヴィリエ夫人の事件を報告したE・A・ホフマンが述べている。

もはやマニアック(偏執的)な毒殺常習者になっていた夫人は、次に自分の妹と、義理の妹とを殺害し、さらに昔の恋人ブリアンクールをも毒牙にかけようとした。最後に、良人がゴーダンと男色関係にあるのではないかと疑って、嫉妬のあまり、良人をも毒殺してしまおうと決心した。

良人が死んだらゴーダンと結婚するつもりだったのであるが、ゴーダンのほうには、彼女と結婚する気など毛頭なかった。だから彼女が良人に毒を盛ったことを知ると、すぐそのあとで、今度は自分が解毒剤を嚥ませた。あわれな良人は、死ぬにも死ねず、健康を害して細々と命脈を保つことになった。この事件は、奇妙な幕間狂言ともいうべきであろう。

徐々に夫人とゴーダンとのあいだは、険悪な空気をはらんできた。まさに腐れ縁である。最後にはどちらかが相手を殺してしまわなければ、おさまりがつきそうもなかった。恋人同士のあいだには、食うか食われるかの心理的暗闘がつづいた。


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Last-modified: 2005-02-26 (土) 13:05:10