次に颯爽と登場する女王の寵臣は、タバコでお馴染みの伊達男ウォルタ・ローリである。これは、美貌以外にさして取柄のないレスター伯とは大いに違って、才気と覇気にみち、非凡な行動力と豪毅な冒険心とをもった一世の風雲児ともいうべき人物である。

ローリは落魄した名家の出で、デヴォンシアの海岸あたりで幼少時代を送った。万能の天才で、詩文にも長じていたが、とくに海洋への愛は、彼の生まれながらの血の中に脈々と流れ、彼の一生の運命を支配した情熱であった。いかにもルネッサンス期の天才的人物らしい。

青年時代にオクスフォード大学を中退し、新教徒ユグノーを助けるため義勇軍に志願してフランスに渡り、その後、海陸に武人として雄飛したローリが、はじめてエリザベスの宮廷にすがたを現わしたのは、男ざかりの三十歳のときである。身長六フィート、豊かな捲毛と顎髭は暗色でふさふさとし、威風あたりを払った。永く海で暮らした炯々たる鉄色の眼は、ひとを射すくめ、あるいは魅了した。

しかも彼は、無能な宮廷人をてんから馬鹿にしていて、おそろしく傲慢、その態度は傍若無人をきわめていたという。彼が甘んじて頭を下げたのは女王に対してだけである。

彼の雄弁はおどろくべきもので、舌先三寸で女王を動かして、ヴァージニア経営の莫大な資金をまんまと手に入れてしまった。これには世智にたけた宮廷人も、あいた口がふさがらなかった。万事につけ、そんな調子だったから、彼はみなからひどく嫉視され、二十年後に女王が歿したとき、国中でいちばんの憎まれ者は、ローリだったということである。

また彼は伊達男中の伊達男で、この派手な虚飾の時代にあってさえ、ギャラントリーにかけては彼の右に出る者がなかった。服装の凝り方も飛び抜けていた。彼の胴衣や靴にちりばめられた巨大な真珠は、宮廷中の噂の種になった。

自国語のほかに六カ国語を自由に操り、ギリシア学に造詣ふかく、音楽や絵画や詩にもすぐれた鑑賞力を示すという女王エリザベスを、その学識や詩才で感歎せしめ、機知にあふれた会話で魅了し去ったというのだから、ローリという男は大した男である。女王が惚れこんだのも無理はなかろう。こういう万能の才人にかかっては、ただの阿呆な色男など影が薄くなるのは当り前だ。

宮廷にタバコを流行らせたのも、ローリだということになっている。もっとも、はじめてタバコを欧州に伝えたのは、フランス人のジャン・ニコニコチンの名前は彼から由来した)であるから、ローリの場合は、正確には喫煙の習慣を伝えたというべきだろう。いわば流行の尖端を切ったわけである。

ヴァージニア開拓に失敗し、たまたま当地に立ち寄ったフランシス・ドレイクの艦隊に分乗して、本国に引きあげてきたイギリスの移民たちは、アメリカ・インディアンから教わった喫煙の習慣を故国に持ち帰った。が、これは野蛮人の真似だというので、最初は猛烈に攻撃された。これが伊達男のあいだで流行するようになるには、ローリのような果敢な実権者が必要であった。

こんな話がある。あるとき、ローリがひそかに書斎で一服していると、主人付きの従僕がビールを大コップに注いで、彼のもとへやってきた。主人はパイプをくわえて本を読んでいる。みると、その口からは濛々と白煙が立ちのぼっている。肝をつぶした従僕は、咄嗟に手にしたビールをざぶりと主人の顔に浴びせかけ、ころげるように二階を駆け下りて、「大変だ、旦那さまが火事だぞ。早く行かんと灰になってしまう」と怒鳴ったというのである。

また、こんな話もある。ある日、ローリが例のごとく女王に向ってタバコの効用を述べ立てているうち、調子に乗って、こんな法螺を吹きはじめた。自分はタバコのことなら何でも知っている、タバコの煙の重さだって計ることができる、と。女王は笑って、馬鹿なことを、という。どういたしまして馬鹿なことではございません、とローリは澄まして答える。それでは賭をしようということになり、テーブルの上に金貨が積まれた。

一同固唾をのんで見守るうちに、ローリは一定量のタバコをつまんでバイブにつめ、うまそうに喫い終り、残った灰を天秤にかけた。「お分りでございましょう。始めの重さから灰の重さを差し引いたものが、これすなわち煙の重さでございます…」


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Last-modified: 2005-02-26 (土) 13:05:15