彼女が追放の身を解かれ、その島からローマへふたたび呼び返されたのは、その後、兄がエジプトで一兵士の兇刃に斃れ、クラウディウスが帝位を継いでからのことである。新帝クラウディウスは彼女の叔父であった。

この新帝は、暗愚で、好色で、虚弱で、酒飲みで、食いしんぼうで、だらしのない腑抜けのような男だった。彼の気に入りの楽しみは、牢屋へ行って罪人の処刑の有様を見物することであったらしい。それでも彼には妙な才能があって、歴史学を愛好し、エトルリア語を自由にしゃべったという。

クラウディウスローマ皇帝にしてはめずらしく、男色趣味がなくて、もっぱら女を愛した。即位後、三度目の妻を迎えたが、これが悪名高いメッサリーナである。彼女は四回目の結婚だったが、まだ若く美しく、その上おそろしく淫乱で、夜な夜な薄穢ないスブラ街の淫売屋へ通ったという伝説は、あまりにも有名である。

メッサリーナは薄のろの皇帝をてんから馬鹿にしていて、しばしば公衆の面前で嘲弄するようなことさえあったが、それでも彼とのあいだに一男一女をもうけていた。すなわち、娘のオクタヴィアと息子のブリタニクスである。

残忍な皇妃メッサリーナは、宮中の美人にことごとく嫉妬したので、若い未亡人のアグリッピナも、彼女の魔手を逃れるのに大そう苦労した。皇妃の差向けた刺客が、幼いネロの寝室にも忍び入ったという事件もあった。将来ブリタニクスの競争相手になるかもしれない子供を、今のうちに殺しておこうという皇妃の魂胆である。

だから、皇妃が愛人シリウスと通じた廉により、寵臣ナルキッススに刺し殺されたときは、宮中の女性すべてがほっと愁眉をひらいた。皇帝は妻の死の知らせを受けても、何の反応をも示さず、のんびりした様子でむしゃむしゃ料理を食いつづけていたという。

メッサリーナが死ぬと、ただちに皇帝の後添えの問題が起った。宮中はてんやわんやの騒ぎで、寵臣たちはそれぞれ自分の推す女性を皇帝に添わせようと、さかんな売り込みをはじめた。その挙句、パルラスの強引な売り込みが勝ちを制して、ついにアグリッピナが皇妃の地位を得ることになった。

ただ、アグリッピナは皇帝の姪である。叔父と姪の結婚は、ローマの婚姻法では許されない。どうしたらよいか…しかし、解決は簡単であった。法律を改正すればよかったのである。


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Last-modified: Tue, 10 Mar 2009 07:25:10 JST (3484d)