レッド・オーカー(代赭石)は、土中の赤鉄鉱または鉄鉱から製せられる顔料で、いわゆるベンガラ(紅殻)と同じような成分のものであり、すでに先史時代から岩窟壁画の絵具、陶器の着色、身体の装飾、屍体の埋葬などのために用いられていた。ブリトン嬢の教師であるハーパード大学人類学部の主任ステファン・ウィリアムズ教授によれば、「この顔料は世界中の原始民族のあいだで用いられてきたものである」という。現在でも、塗料屋か金物屋へ行けば簡単に手に入る。
 『オリエント神話』の著者G・H・リュケエによれば、原始時代の人類の埋葬には、いろいろな副葬品のほかに、「赤いオーカー(赤鉄鉱あるいは過酸化鉄によって色のついた)が加えられる。それらは、しばしば屍体の置かれたあたり一帯に広がり、その色の跡を、人骨や周辺の品々の上にまで残している。現存する各種の未開人、とくにオーストラリア土人においては、赤いオーカーは、その色彩のために血と同一視され、同じ理由で、生命と力の本質と考えられている。実際、旧石器時代人も、墓や屍体の上に広がっているオーカーを、食物の貯えと同様、彼岸への旅路をたどり、そこに新たに居を定める死者を養うものと考えていたようである」と。
 少なくとも原始時代においては、死んだ後にも人間のある種の実在を確保しておきたいという、願望があり信仰があったので、死者にも生者と同じように、来世の生活のための必需品を供給してやることが要求されたのだろう。副葬品とは、そのような要求から生じたものである。そして赤い粉は、死者をいつまでも生かしておくための、生命の本質、生命の元素のごときものだった。赤い粉さえあれば、屍体は悪霊に取りつかれることもなく、まっすぐ天国へ行けるのである。
 イランでは、この大昔からの世界共通の埋葬儀礼が、今から数千年以前の時代(たぶん、ゾロアスター教の全盛時代だろう)に復活したことがあり、ブリトン嬢は昨夏の考古学発掘旅行で、教師や友人とともに、そうした古代の埋葬の風習を親しく目撃したはずなのである。
 かくて宗教的儀礼としての殺人説[宗教から殺人説までに傍点]が成り立つとすれば、当然のことながら、被疑者は、ブリトン嬢のハーバード大学の仲間たちにしぼられることになる。警察は百人以上の学生、教職員を尋問し、死体を発見したボーイフレンドのジェームス・ハンフリーズと隣室のミッチェル夫妻は、いずれも自発的に嘘発見器テストを受けた。ブリトン嬢が殺人者と顔見知りだったということは、彼女の頭の傷のパターンや、彼女が抵抗したり、暴行や盗難の形跡がなかったりしたことから明らかであろう。




#ls2(妖人奇人館/古代石器殺人事件)


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