『妖人奇人館』は最初、季刊で刊行されていた講談社の「別冊小説現代」に、昭和四十一年から四十四年まで足かけ四年にわたって連載された。ただし最後の二篇、「古代石器殺人事件」は「婦人公論」(昭和四十四年四月)に、「倒錯の性」は「小説新潮」に書かれたが、後者は手もとに雑誌がなくて、昭和四十五年の何月号だったか不明になってしまった。
  それというのも、当時は簡単にコピーがとれなかったので、おそらく雑誌のページを引きちぎって、印刷屋へまわしてしまったのではないかと想像される。今では考えられないが、つい十数年前までは、単行本に収録するのに必要な文章の掲載されている雑誌を、いつでもばらして[ばらしてに傍点]いたのだった。そういう時代があったのだということを、このコピー全盛時代の今日に思い返してみるのも無駄ではあるまい。
  それというのも、当時は簡単にコピーがとれなかったので、おそらく雑誌のページを引きちぎって、印刷屋へまわしてしまったのではないかと想像される。今では考えられないが、つい十数年前までは、単行本に収録するのに必要な文章の掲載されている雑誌を、いつでもばらして[#ばらしてに傍点]いたのだった。そういう時代があったのだということを、このコピー全盛時代の今日に思い返してみるのも無駄ではあるまい。
  単行本は桃源社から昭和四十六年二月に上梓された。五十三年に再版されただけで、著作集のたぐいには入っていない。
  『妖人奇人館』の目次を見ると、カリオストロやパラケルススについての項があるが、これらは現在では、種村季弘氏のくわしい伝記が出ているから、この本を読んで興味をもたれた方は、そちらに即くことをおすすめする。この本はもともと、いわゆる中間雑誌向けの軽い読みものとして書かれたものなので、読者がさらにこの領域を深くきわめるための、一つのステップとしての役目をはたしてくれれば著者は満足なのである。
 
 昭和五十九年六月
 
 澁澤龍彦

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