数ある女王の愛人のなかに、「羊さん」という渾名を頂戴して、人一倍可愛がれていた男があった。クリストファ・ハットンである。

この男はもと一親衛隊員だったのが、舞踏会の一夜、ダンスの巧みさで女王の目を惹き、後には大法官にまで引き立てられた。女王が[[ローリ>ウォルタ・ローリ]]をちやほやするのが癪でたまらず、そんなに陛下があいつを大事になさるなら私はあいつを殺してやります、というような、気違いじみた熱烈な手紙を女王に送った。

[[ハットン>クリストファ・ハットン]]だけでなく、どの寵臣も、それぞれ自己の文学的才能の許すかぎり、最大限の形容詞やら賛辞やらを滅多やたらに使って、女王に気違いじみた恋文を書き送っているのである。傲岸不遜な[[ローリ>ウォルタ・ローリ]]といえども、例外ではない。

この女王は、宮中の男が自分ひとりに恋しているというふうでなければ気に入らなかったので、寵臣の結婚には大いに機嫌を損じた。[[ローリ>ウォルタ・ローリ]]が一時女王の不興を買って投獄されたことがあるが、その表向きの理由はともあれ、真の理由は、彼が女官の一人エリザベス・スロックモートンなる者と慇懃を通じて、女王の知らぬまにこっそり秘密結婚したからあであった。
#ls2(世界悪女物語/エリザベス女王)

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