一説によると、このメニッボスをだました吸血魔女は、古くから知られるラミアという女怪で、夜間、テッサリア地方の村人の血を吸ってまわったという伝説の主であった。血もあり肉もあり、ちゃんと目に見えるが、むろん本当の人間ではなく、多くは美しい淫婦の姿をして現われ、男を誘惑するのである。まあ、ドラキュラやカーミラの遠い祖先だと思えば間違いなかろう。
 しかしギリシア神話では、ラミアはもとフリギアの女王で、ゼウスに愛されたほどの美女であったのに、その子供を失ったことから、世の母親すべてを嫉妬するようになり、ついには片っぱしから子供をとらえて食うという、怖ろしい所業に及ぶようになった女怪である。この種の伝説は、ギリシアばかりでなく、世界中にひろく分布している。
 たとえば日本にも、「ウブメ」とか「陰魔羅鬼《おんまらき》」とかいった妖怪の種類があるが、これらはいずれも、屍体の気が変じて鳥になったという妖怪であり、ラミアもしばしば鳥の形で表現されることがあるので、ヨーロッパと東洋の伝説の共通性が、こんなところにも認められるのだ。
 ウブメは姑獲鳥、産婦鳥、産女などとも書き、出産のために死んだ女が化身したところの、鳥の姿をした妖怪である。ラミアと同じように、夜間、飛びまわって子供をとらえ、これを食うと伝えられる。『百物語評判』によれば、「その形、腰より下は血に染みて、その声をば、れうれうと鳴くと申しならわせり」とある。しかし西洋のラミアには、男を誘惑する淫婦としての一面もあったが、ウブメには、そういう面はないようだ。

#ls2(妖人奇人館/哲学者と魔女)


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