暴君のネロの生涯に大きな影響をおよぼした、悪女と呼ばれるにふさわしい女性が二人いる。一人は、彼の前半生を恐怖によって支配した母親アグリッピナであり、もう一人は、彼の後半生を熱烈な恋の虜《とりこ》たらしめた妖婦ポッパエアである。ここでは、前者アグリッピナに焦点をしぼって、紀元一世紀のローマ宮廷に繰りひろげられる皇帝一家の血みどろの惨劇を、ややくわしく語ってみたいと思う。

アウグストゥス帝の曽孫であり、カリグラ帝の妹であるアグリッピナは、後にクラウディウス帝の妃となり、ネロの母親となったので、結局、系図のなかで四人のローマ皇帝の中心に位置することになった。これだけでも彼女の高貴な血統は証明されよう。父親のゲルマニクスがガリア地方に遠征中、同行した母親が、ライン河ほとりのコロニア・アグリッピネンシスという町(現在のケルン)で彼女を生んだ。

十四歳のとき、アグリッピナは兄のカリグラに処女を汚されたという。ローマ時代には、こんな乱倫もめずらしくなかったのであろう。次いでパッシエヌス・クリスプスという者と結婚したが、この男たちがたちまち死んだので、若い未亡人は、ドミティウス・アヘノバルブスという名門の貴族とふたたび結婚することになった。

この結婚から生まれたのが、後の暴君ネロである。博物学者プリニウスの伝えるところによると、この赤ん坊は、「足から先に母親の胎内を出てきた」そうである。赤ん坊が生まれたとき、高名な占星学者に未来を判じてもらうと、「この子はやがて皇帝になって、母を殺すであろう」という御託宣だった。アグリッピナは感きわまって、「皇帝になってくれさえすれば、殺されたって構うものですか!」と叫んだという。この不吉な予言は、しかし、やがて事実となるのである。

ネロが三歳のときに、シチリア島の総督であった父親[[アヘノバルブス>ドミティウス・アヘノバルブス]]が同地で歿した。彼が遺した有名な言葉に、「わたしとアグリッピナのあいだに生まれる子供は、一個の怪物でしかあり得ないだろう」というのがある。

二度目に未亡人になったアグリッピナは、兄カリグラ帝の気に入りの美青年[[レピドゥス>マルクス・アエミリウス・レピドゥス]]とひそかに情交をむすび、兄の暗殺をはかった。むろん、皇帝の地位を奪わんがためである。が、この陰謀は事前に発覚して、[[レピドゥス>マルクス・アエミリウス・レピドゥス]]は首を斬られ、アグリッピナはチレニア海の島へ追放された。

#ls2(世界悪女物語/アグリッピナ)

-http://nekhet.ddo.jp/people/roman/julius-claudius.html


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