新聞はこの殺人事件を大々的に取り上げ、犯人の経歴をくわしく紹介し、彼の詩を紙面に掲載した。毎日のように、監獄の病室にジャーナリストがつめかけ、ラスネールの毒をふくんだ、皮肉な言葉を争って聞き出そうとした。やがて文士や医者や弁護士や、それから物見高いパリの紳士や有閑夫人までが、この稀代の悪人の姿を一目見ようと、ぞくぞくラスネールの病室に押しかけ、彼の部屋は、まるでオペラ座の人気役者の楽屋のようになり、刑務所の役人は、おびただしい面会人を整理するのに汗だくになったと言われる。
 面会人は、予約をして席を確保しなければならなかった。一ペんに大ぜい収容できるように、病室が三つぶち抜かれた。ラスネールは人々の質問に答えて、自分の少年時代の思い出やら、情事やら、犯罪やらの事実を淡々と語った。ときどき、沈痛な面持で、自作の詩を朗誦した。人々は、まるでヴィクトル・ユーゴーの家を訪問したかのように、神妙な顔をして聞いていた。女たちは、犯罪者のメランコリックな美貌に、優雅な物腰に、さわやかな弁舌に、酔ったような気分になるのだった。
 ある熱狂的な女性ファンが、「お芝居を書く気はございませんの?」と質問すると、ラスネールはにっこり笑って、「その気もあるし、取っておきのテーマもいろいろあるんですがね、奥さん、残念ながら暇がなくて……」と答えたという。


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Last-modified: 2005-12-15 (木) 19:49:56