そのころ、やはり諸国を放浪していた色事師のカザノヴァが、南フランスエクス・アン・プロヴァンスという町の旅館で、偶然、この若き日のカリオストロ夫妻に会っている。有名なカザノヴァの『回想録』によれば、そのときカリオストロ夫妻は巡礼者の服装で、手に杖をもち、鍔《つぱ》のひろい帽子をかぶっていた。夫は二十五歳くらい、美しい妻はまだ十八にもならないくらいで、いかにも貧しげな様子であったが、しかし仲睦まじげであったという。カザノヴァは二人に興味をおぼえ、夕食に招待して、いくらか金も恵んでやった。−やがて十年以上もたってから、カザノヴァは「あれが有名なカリオストロだったのか」と、当時の若い二人の姿を懐かしく想い出すのである。
 ローママドリッドロンドンブリュッセルパリナポリから東方諸国まで、さらに一転してロシアの首都ペテルブルグまで、カリオストロ夫妻の足跡の及ばなかった地方とてはなく、しかも行く先々でスキャンダルや投獄の憂き目にあい、王侯のような豪著な生活をしたり、あるいは一転して乞食のようなどん底生活におちいったり、まるで冒険小説を地でゆく波瀾万丈の一生であった。
 しかし、そのあいだに、錬金術カリオストロの評判は大きくふくれあがり、彼の名前は神秘の雲につつまれ、彼の奇蹟の能力や、病気を治療するふしぎな力を信じる人々の数も、だんだん増していった。実際、彼はいろんな種類の奇蹟を実現して見せたのである。


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Last-modified: Fri, 21 Mar 2008 00:06:00 JST (3917d)