伯爵はよくフランスから東方へ旅行をしていたが、たぶん、それはフリードリヒ大王のいるベルリンへ報告に行くためか、あるいは薔薇十字団の本部のあるウィーンヘ連絡をとりに行くためだったにちがいない。
 ルイ十五世は、ある問題についてだけは、大臣と相談せずに勝手に物事を処理してしまう習慣で、外務大臣のショワズールは、国王のこんなやり方を、つねづね苦々しく思っていた。国王が錬金術の実験に熱中しはじめ、そればかりか、誰にも立ち入りを許さぬ実験室で、しばしばサン・ジェルマン伯爵と水入らずで、何事かを相談しているらしいことを聞き知ると、ショワズールは、伯爵の行動に疑念をいだくようになった。
 そのうち、伯爵が突如としてオランダに現われたというニュースがはいった。彼はオランダ政府を通じて、イギリスフランスとの和平を交渉していたのである。フランスの外務大臣が何にも知らないうちに、サン・ジェルマン伯爵が勝手に秘密の和平交渉をやっていたのである。国王の指令があったのか、それとも自分一人の考えでやっていたのか、それは分らない。しかしショワズールは大いに憤慨して、ただちに伯爵を逮捕させようとした。ところが国王の援助の手がのびて、彼は逮捕を免れてしまった。−考えてみれば、おかしな話もあればあるものである。国王と外務大臣とが、まったく反対の目的で、反対の命令を出していたのだから。
 その後、サン・ジェルマン伯爵はルイ十五世のスパイとなって、ドイツロシアに赴いたと伝えられる。彼がロシアに着くとまもなく、ロシア皇帝は今までの親フランス政策を変え、プロシアと同盟を結ぶにいたった。プロシアフランスとは、もともと利害の相反する国家同士である。いったい、フランス国王ともプロシア国王とも親しくしていたサン・ジェルマン伯爵は、本当のところ、何をもくろんでいたのだろうか。


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Last-modified: Tue, 25 Mar 2008 00:10:26 JST (3679d)