さて、アポロニオスに関する第三の伝説は、この魔術師が怖ろしい女怪の正体を見破り、弟子の生命を救った物語である。
 アポロニオスの数多い弟子の一人に、メニッボスという二十五歳の美貌の青年がいた。貧乏ではあったけれども、大そう頭がよいので、アポロニオスは青年を可愛がり、いつも旅行に連れて歩いていた。このメニッボス青年が、あるとき、その師に向って、こんなことを言い出したのである。
 「先生、今日はちょっとお願いがございます。今まで先生には黙っておりましたけれども、私は先日、センチレー街道をぶらぷら散歩中、一人の麗人に出会いました。そして彼女が申すには、ひそかにあなたさまをお慕いしておりました、とのこと。彼女はコリント郊外にひっそりと住んでいる、フェニキア生まれの外国婦人ですが、とても金持で、おまけに美人で、私を熱愛しておりますゆえ、つい私も情にほだされました。私はと言えば、ごらんの通り、哲学者用の外套一着しか持っていない貧乏書生で、彼女とは身分が違いすぎるように思われますけれども、彼女の方も、私と結婚することを望み、私の方も、やはり彼女と一緒にならなければ幸福にはなれないような気がいたします。で、彼女と結婚の約束をしたわけなのですが、釆たる結婚披露宴の主賓として、先生にぜひ出席していただきたいと考えまして……」
 アポロニオスは黙って聞いていたが、どうもこの男、日頃の冷静沈着ぶりにも似合わず、少し言うことがおかしいな、と思った。若い弟子の身に、何か大きな危険が迫っているような、不吉な予感がしたのである。そこで、ふだんは人の集まる宴会などに出かけて行く習慣をもたなかった哲学者も、招かれて披露宴に行ってみる気になった。披露宴の会場は、例の金持の外国婦人の家であった。
 アポロニオスが会場に着くと、すでに宴会の準備は整っていて、豪華な料理や葡萄酒が卓上にずらりと並び、金や銀のお皿がぴかぴか光っていた。哲学者は、花嫁を紹介してほしいと言い、鋭い目つきで彼女をじろりと眺めると、やおらメニッボスの方をふり向き、「いったい、この豪勢な金銀のお皿や室内装飾は、だれのものかね」とたずねた。「むろん、彼女のものですよ。なにしろ私の財産ときたら外套一着なんですから」とメニッボスが笑って答えた。
 すると哲学者が断乎とした調子で、次のように言い放ったのである。「このお皿も装飾品も、すべて本物ではないぞ。ただの見せかけだ。そして君の美しい上品な花嫁さんも、じつは人間ではなくて、人間を食う吸血魔女なのだよ。こんな女は、アフロディテー祭の生贅《いけにえ》として殺してしまった方がよい」と。
 これを聞くと、例の婦人はさっと顔色を変えたが、何食わぬ顔をして、つくり笑いを浮かべながら、次のような皮肉を言った、「哲学者と呼ばれる先生がたは、いつも不吉な予言をしては、民衆をおどかし、正直な人々の楽しみを奪ってしまうのがお好きな人種なんですね。あたしがお招きしたわけでもないお客さまは、どうか出て行っていただきたいものですわ」と。
 しかしそのとき、アポロニオスは、テーブルの上の銀のコップを手にとって、その重さを量《はか》ってみたのである。すると不思議や、コップは羽のように軽く、哲学者がそれを空中に投げると、すーっと煙のように消えてしまった。同じようにして、他の食器や装飾品にも手をふれると、それらは次々に消えて無くなってしまった。料理人や召使たちは、アポロニオスが呪文を唱えると、一塊りの灰になってしまった。そして最後に、家は崩れて廃墟になってしまった。
 吸血魔女の正体を見破られた婦人は、「アポロニオスさま、もうこれ以上あたしを辱しめないで……」と哀願しつつ、ついに真相を白状せざるを得なかった。それによると、彼女は美貌の若者メニッボスをうんと太らせて、いずれは彼を食ってしまうつもりだったのである。メニッボスは、危ういところで、その師に生命を救われたわけであった。


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Last-modified: Thu, 20 Mar 2008 00:48:34 JST (3745d)