犯罪史上に名高い「切り裂きジャック」の名を、読者はご存じであろう。時代は英国ヴィクトリア朝の頃、霧ふかいロンドンの秋の貧民衝ホワイトチャペルで、一八八八年八月七日から十一月九日まで、連続的に六人の淫売婦が、いずれも下腹部を兇器で切り裂かれ、内臓をえぐり取られて無残に殺された。犯人は凰のように姿をくらまし、ついに事件は迷宮入りとなった。ただ、犯人が警察によこした手紙にJack the Ripper(切り裂きジャック)と署名があり、ロンドン中を恐怖のどん底にたたき落したこの正体不明の名前が、年月とともに伝説的な光輝に包まれて、今にいたるまで語り継がれているのである。
 これほど映画や小説に題材を提供した犯罪者も、めったにあるまい。ドイツ表現派の映画からジュリエット・グレコシャンソンまで、ブレヒトの『三文オペラ』から前衛音楽家アルバン・ベルクの歌劇『ルル』まで、象徴的な人物となった切り裂きジャックは、作品のなかで生きているのである。


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Last-modified: Thu, 20 Mar 2008 14:22:08 JST (3869d)