(1)ナネッテ・シェーンレーベン事件

これはドイツの女である。若い頃から盗みや夜の女をしていたが、男をみつけて二度も結婚し、二度とも亭主を殺害し、三人目の情夫と結婚しようとして、カミソリで血管を切って狂言自殺を企てたこともある。やがて生活に窮して女中になったが、どこの家庭にやとわれても、雇主からは評判がよかった。子供の世話はよくするし、愛想がいいし、機転はきくし…といったわけである。しかし彼女は、容易に人には見抜けない怖ろしい趣味の持ち主だったのだ。

たとえばグラゼル夫人という女は、冷たくなっていた夫との仲をナネッテに取り持ってもらって喜んでいると、その四週間後にぽっくり死んでしまった。

ゲブハルト夫人の家では、ナネッテは子供の面倒をよく見て重宝がられていたが、だんだん周囲から胡散くさい眼で見られるようになった。そしてとうとう解雇されたが、家を出て行く際に、またしても自分の内心の衝動に抗し切れずに、塩壺のなかに一つまみの砒素を入れて行った。ところが、その現場を見つけられてしまったのだ。

一八〇九年に彼女は逮捕されて、処刑されたが、死ぬ前に、「あたしの死刑は人類にとって好ましい事件です。毒で人を殺したいという気持ちを、どうしてもあたしは抑え切れないのですから。」と言ったそうである。


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Last-modified: 2005-02-26 (土) 13:02:52