結婚後数年にして、ふしぎな事件が突発した。

ある晩、彼女の夫のジョヴァンニが、愛用のトルコ馬に打ちまたがり、ちょっとオヌフル教会まで散歩に行ってくるといって出かけたきり、もう二度とローマには戻ってこなかったのである。彼はそのままローマの街を出て、まっすぐ北に向かって馬を走らせ、自分の領地のペサロまでたどりついてしまったのだ。

この事件は不可解な謎のように喧伝されたが、やがて、いろんな噂が流された。

その噂の一つによると、―ある晩、ルクレチアが夫の召使のジャコミーノという男といっしょに自室にいると、ドアをこつこつノックする者がある。ルクレチアの命令で、あわててジャコミーノはカーテンのうしろに身をひそめた。ドアをあけると、はいってきたのは兄のチェザーレで、兄は妹に向かって、お前の夫をすぐ殺してしまえと厳命する。

ルクレチアは兄の命令を聞くふりをし、兄が去ってから、ひそかにジャコミーノを夫の部屋にやり、すぐにローマを逃げのびないと生命が危ない、と知らせてやる。そこで、ジョヴァンニは大あわてで馬に飛び乗って、一生懸命に逃走し、ペサロの領地にころげ込んでようやく一命を全うした、というのである。

もしこの噂が本当なら、ルクレチアは病弱な夫の目をかすめて、夫の召使と自分の部屋で不貞をしていたのであり、夫は夫で、不貞の妻に助けられて、有名なボルジア家の毒薬の犠牲者となるのを辛く逸れたことになるわけである。


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Last-modified: 2008-03-17 (月) 00:03:43