ゲッベルスと会うまでのマグダの生涯の前半は、いわば彼女一生のプロローグのようなものである。マグダは裕福な技師の家の娘として、一九〇一年ベルリンに生まれた。六歳から修道院で宗教教育を受け、少女時代にふと知り合ったドイツの有名な富豪、ギュンター・クヮントと二十歳で結婚した。

クヮントはその当時、すでに四十歳近い働きざかりの実業家で、最初の妻を失くしていた。マグダは二度目の妻として、彼とのあいだに一人の男の子をもうけたが、結局、あまりにも事業に熱心で家庭を顧みない現実主義者の夫と、性格が合わず、数年後に別れることになる。離婚の直接の原因は、マグダが若い男と情事を重ねていたのが、夫に発覚したためである。

離婚したマグダは、もう二度と結婚すまいと心に誓った。情事の相手は年下の学生で、芸術を語ったりダンスをしたりするには恰好な相手だったが、むろん、彼女を心から満足させるような男ではなかった。一人息子を手もとに置いて、マグダは気ままな自由の生活を送ろうと決心した。彼女の美貌をもってすれば、遊び友達に不足することはない。

当時、ベルリンの町はナチ党と共産党との、激烈な闘争の坩堝《るつぼ》と化していた。深刻な社会不安が、目に見えないところで徐々に醸成されつつあった。しかしマグダをふくめた、インテリ有産階級のだれもが、この危機の徴候に少しも気づかず、つい二、三年後にヒトラーが政権を獲得することになろうとは想像もしていないのだった。

ドイツ有数の富豪の妻として、これまで何の不安もなく贅沢な生活を送ってこれられたマグダに、政治的関心があろうはずもなかった。離婚した彼女は七部屋もる豪華なアパートを借りて、絵画を集めたり、若い恋人と毎日のように劇場に通ったりするという、新しい生活をひたすら楽しんでいるかに見受けられた。やがて来る危機を前にした一九二〇年代のベルリンは、国際的な歓楽の都であった。ウーファ映画が一世を風靡し、『会議は踊る』などの華やかな作品がぞくぞく作られたのも、このころのことである。彼女の家は若いブルジョワの息子や芸術青年の溜り場になった。

そんな生活に明け暮れしていた彼女が、どうしてある日、ベルリン体育館で催されたナチ党の集会に赴く気になったのか。たぶん、ふとした気まぐれからであろう。しかし、それが彼女の運命の岐れ目になったことを、だれが予測しえたろう。

会場を埋めつくした五千人の群集と、ひるがえる赤い鈎十字旗《ハーケンクロイツ》と、士気を鼓舞する野蛮な音楽とに、マグダは肝をつぶした。政治的デモンストレーションというものを、このときマグダは初めて見たのである。彼女は不安になった。

しかし、やがて一人の痩せた、小柄な、貧弱な男がびっこ[#びっこに傍点]をひきひき演壇にのぼり、銹《さび》のきいた低音で、はげしい共産党弾劾の演説をぶちはじめると、マグダの注意は完全にこの男に奪われた。小さな身体から、よくもあんな力強い声が出るものであった。聞く者の神経を逆撫でするような、奇妙な抑揚と響きのある語調であった。しかも演説が熱してくるにつれて、辛辣な皮肉の切れ味がますます鋭くなるのである。

マグダは最初、あっけにとられたが、次第に昂奮してくる自分を抑えることができかねた。演説が終った時には、酔ったように我を忘れていた。見すぼらしい服装をした貧相な小男が、その火のような弁舌で、群集のなかの美しい一人のブルジョワ女の魂をしっかりと掴んでしまったのである。この男こそ、後に「ヨーロッパのメフィストフェレス」とうたわれた、第三帝国の領袖の一人ゲッベルス博士であった。当時彼は党の宣伝部長であった。

 翌日から、マグダの世界は一変した。今までの空虚な生活が、にわかに有意義な、一つ
の目的をもった生活になった。すなわち、彼女はその日からドイツ国家社会主義労働党
ナチ党)に入党してしまったのである。二十四時間前までは、こんな事態になろうとは、
彼女自身夢にも考えられなかったにちがいない。もと富豪の令夫人であったベルリン第一
のエレガントな女が、野卑なごろつき政治家の仲間になろうとは!

 彼女の周囲の人間も驚いたが、党のほうでも最初は半信半疑であった。しかしマグダ
決意は、かりそめのものではなかったらしい。『わが闘争』と『二十世紀の神話』を買っ
て読み、新聞や綱領をじっくり研究した。高価な香水の匂いをぷんぷんさせた金髪美人が
党の婦人部に出入りするのを、労働者のおかみさん連中は清疑の目で眺めた。

 彼女の若い恋人エルンストも、マグダが政治に熱中するのを喜ばなかった。それも当然
で、当時ナチは知識階級のあいだでは、一握りのごろつきの集団のようにしか考えられていなかったのである。純情なエルンストは絶望し、嫉妬に狂い、ついにある晩、ゲッベルスをののしりながら、マグダに向ってピストルを射った。むろん狂言が半分だったから、
弾丸ほ当らなかった。彼女は隣室に逃げこみ、電話で警察を呼ぶと、部屋のなかの器物を
見境いなくぶちこわしている青年を指さして、冷たい声で、こういった。「この青年は気
違いです。連れて行って一晩留置してください」と。これが二人の関係の終りであった。

ゲッベルスマグダを、ベルリン地区記録保管所の整理係に任命した。宣伝部長に直属した秘書のような役目である。マグダは喜んでこれを引き受けた。二人が結ばれるまでには、もうあと一歩であった。

それにしても、いったい、ゲッベルスの男性的魅力とは何であったろうか。彼は不具者で、貧弱な小男で、薄い唇をした酷薄な容貌の持主である。なるほど演説は達者だし、宣伝活動は天才的だし、それにハイデルベルク大学哲学博士の肩書をもつ、党内随一のインテリであるにはちがいない。しかしその性格は暗く、虚無的で、ほとんどナチの理想というものをすら信じていない。頑冥な国家主義者でもなければユダヤ人排斥論者でもなく、シニカルな一個のニヒリストにすぎない。ローゼンベルクのような狂信的な理想主義者と違って、彼の理性はつねに明晰であり、自分が少しも信じていないことでも平然とやってのける。幻影をつくり出す名人だが、およそ自分は幻影を信じていないのだ。つまり、それだけ冷酷に徹することもできる男なのである。

こんな怪物のような男に、マグダは夢中になって惚れこんだ。おそらく彼女には、自分の不逞な夢想を賭ける対象がほしかったのであろう。自分の全生活を挙げて、何かデモーニッシュなものにぶつかってゆきたかったのかもしれない。そういえば、たしかにゲッベルスという男には、その極端な肉体の非力にもかかわらず、鱗のように冷たく燃える奇妙なエネルギーの印象があった。それに、何よりマグダは芸術家的素質をもった女であった。二つの青白い魂は闇に踊る鬼火のように、めらめら燃えながら近づいたのである。


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Last-modified: Sat, 26 Feb 2005 13:05:09 JST (5035d)