しかし、二人の王妃の執念深い争いは、さらにその後十数年、延々として続くのである。フレデゴンドはしばしばメッツの宮廷に刺客を送って、宿命のライヴァルを倒そうとするが、なかなか成功しない。二人の女性は、すでに色香もめっきり衰え、五十歳以上の姥桜となっているのに、お互いの憎悪だけは、一向に衰えを見せないのである。まことに女の執念とは、怖ろしいものだ。

五九六年に、ブリュヌオーの息子シルデベルトが二十六歳で死ぬと、ただちの彼女はを擁立して、みずから後見人の地位についた。この機を利用して、フレデゴンドパリに猛攻撃を加え、まもなくこの町を陥落させた。息子の葬式が終るか終らないうちに、ブリュヌオーは戦場に駆けつけなければならなかった。

ブリュヌオーのかたわらには、影の形に添うように、いつも忠実な恋人リュピュス伯が、馬に乗って従っていた。これに反して、フレデゴンドはつねに孤独だった。彼女の荒廃した心には、ただ憎悪と残忍さのみが棲んでいるかのようだった。

双方の軍隊は、ソワソネ地方とアウストラシアの国境のラトファオで、正面衝突した。今こそ雌雄を決すべき時であった。二人の女王は、それぞれ着物の上に鎧を重ねて着て、半ば白くなった頭に胄《かぶと》をかぶっていた。フレデゴンドのうしろには息子のクロテールが、ブリュヌオーの後ろには二人の孫が、それぞれ馬に乗って控えていた。

はげしい戦闘の後、ついにネウストリア軍が大勝を博した。リュピュス伯は撃たれて死に、ブリュヌオーは馬を駆って必死に逃げた。長い髪を風になびかせて逃走するブリュヌオーのすがたを、丘の上から見つけたフレデゴンドは、

「早く彼女を追いかけて捕まえるんだよ。逃がしたら承知しないからね!」と気違いのように絶叫した、「生け捕りにするんだよ、分かったかい、生け捕りに…」

言葉の途中で、彼女ははげしく咳きこんだ。鞍の上で、苦しげに、身体を二つに折り曲げるようにして、ようやく呼吸をととのえた。唇の端から、赤い血が一筋、糸を引いていた。実際、フレデゴンドはその当時、肺患[#まま]がかなり進んでいたのである。

戦争の遺骸は、古いパリの聖ヴァンサン僧院に葬られた。

後日譚をつけ加えておこう。

フレデゴンドが死んでもなお、ブリュヌオーの憎悪は消えなかった。フレデゴンドの息子のクロテール二世が、今度は彼女の新たな攻撃目標になった。双方の争いはさらに十七年間、六一三年まで延々と続けられた。

ライヴァルの死とともに、ブリュヌオーもまた、醜い残虐ぶりを発揮するようになった。自分の権力を守るために、罪悪に罪悪を重ね。孫や曽孫を何人も殺させた。

ついに彼女の領内の貴族たちが叛逆して、外国生まれの老王妃を捕え、敵のクロテール二世の手に引き渡したとき、ブリュヌオーはすでに八十歳になっていた。

クロテール二世は母親に似て、残忍部類な男であった。母親の仇である八十歳の老女を、彼は三日間、拷問でさんざん苦しめた後、一頭の馬の尻尾に彼女を結びつけて、その馬を猛烈に疾駆させたのである。五体をばらばらに打ち砕かれて、ブリュヌオーは絶命したといわれる。

西ゴート王家の王女として、一世の美貌と気品と勇気をうたわれた彼女も、猛り狂う悍馬に引きずりまわされ、その鉄の蹄に踏みにじられては、もはや血まみれのぼろ切れも同然であった。


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Last-modified: Sat, 26 Feb 2005 13:05:10 JST (4954d)