愛する夫の出獄の日、謎の離別をしたサド侯爵夫人

 亡くなった三島由紀夫さんの戯曲で有名になった、サド侯爵夫人ルネ・ペラジーは、変わった趣味の男と結婚したばっかりに、不思議な運命にもてあそばれて苦労した女性である。

 時代は十八世紀、フランスパリである。夫のサド侯爵は、ご存知のようにサディズムの元祖であるから、乞食女を鞭で打ったり、娼婦をあつめて乱交パーティーを開催したり、放蕩の限りをつくして、とうとうバスティーユの牢獄にぶちこまれてしまう。そればかりではない。牢獄にはいる前に、サド侯爵は、夫人の妹の若いアンヌ・プロスペールを誘惑して、一緒に外国旅行に飛び出してしまったことさえあったのだ。

 こうした重ね重ねの裏切りにもかかわらず、ルネ・ペラジーの夫に対する態度は、一貫して忠実だった。牢屋のなかで、つらい思いをしているサドのために、せっせと食料品や、衣類や、本などを差し入れに行った。

一方、サドはそのころ、不自由な牢屋のなかで、一心不乱に小説を書いていた。自分を苦しめる偽善の社会、キリスト教道徳に支配された美徳の社会に、精いっぱいの復讐をしてやるために、その小説は、極端にエロティックな、残酷な、おそろしい物語になった。

 獄中生活の不自由さに、いつもいらいらしていた侯爵は、ときに痢痛を起して、面会にきた夫人を口ぎたなく罵ったり、彼女に対して暴力をふるったりした。そのために、面会禁止になったこともある。

 面会禁止の時には、サド侯爵夫人は、夫を安心させてやるために、やさしい手紙を書いた。ところが、その手紙の文面が、かえって侯爵の嫉妬や怒りを招くことになってしまうのだ。

 たとえば、夫人の書き送った手紙の一節に、「あたしはとても肥りました。豚になってしまうかと心配なくらいです」という言葉があるのを見ると、サドはてっきり、夫人が恋人をつくって妊娠し、お腹がふくらんだのだと考え、かっと逆上して、わめきちらした。その声は、牢屋の外にまで聞えるほどだったという。

 サド夫人の手紙を、もう一つ引用しよう。「いとしい方、あたしの手紙をお受取り下さったかどうか、その手紙があなたのお心を静めたかどうか、まだいくらかでもお疑いが残っているかどうか、あたしは心配です。あたしにとっては、良心に坑《やま》しいところがないだけでは、まだ充分ではないのです。さらにあなたの幸福と、あなたのご満足とが欲しいのです……」

 サド夫人があんまり従順に、わがままな夫によく仕えているのを見ると、私たちとしては、なんだか妙な気がしてくるほどである。もしかしたら彼女は、苦しめられる者としての自分の立場に、心ひそかに満足していたのではあるまいか。そしてサドのほうも、貞淑な夫人が浮気なんかするわけはないと、よく知っていながら、わざと彼女をいじめていたのではあるまいか。

 しかし、いずれにしても、この異常な環境に置かれた夫婦が、世間なみの夫婦とは大いに違ったやり方で、お互いの愛情を確かめ合っていたことは、疑いないところであろう。


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Last-modified: Wed, 25 Mar 2009 23:04:30 JST (3319d)