誰れでも知っているジョー・ディマジオとの二度目の結婚。新婚旅行で二人は日本へやってきたが、この結婚生活は八ヵ月しか続かなかった。ディマジオはやさしい夫だったが、ひどく嫉妬深かったと言われる。『七年目の浮気』のなかに、地下鉄の通気孔の下から強い風が吹いてきて、モンローのスカートがばっとまくれる有名な場面があるが、この掃影のとき、大ぜいの見物人が集まってくると、たまたま居合わせたディマジオは、真っ青になって怒ったという。

 劇作家アーサー・ミラーとの三度日の結婚。気はやさしいが単純な野球選手とは違って、今度の相手は、共産党との関係を疑われているユダヤ人の進歩的インテリである。しかし、最初のうちはきわめて順調だった、この二人の結婚生活も、モンローが疲労と不摂生によって、愛する夫の子供を二度も流産してしまう頃から、急速に冷たくなり、やがて離婚へと発展する。四年間の共同生活だった。

 モンローは孤独になり、カメラ恐怖症になり、撮影所でもいらいらすることが多くなり、神経科医の治療を受けたり、睡眠薬を用いたりするようになった。

 そのモンローが、一九六二年八月五日、ロサンジェルス郊外の自宅で、多量の睡眠薬を飲んで死んだというニュースは、全世界を驚かせた。自殺か、事故死か? これは今でもはっきりしていない。

 モンローはベッドの上に仰向けに寝て、首まで蒲団をかけ、片手にしっかり受話器を握っていた。医師が蒲団をとると、その下は全裸であった。ヌードで売り出して、ヌードで死んだ女優。最後まで彼女はスキャンダルの種を残していた。

 スターとして栄光の絶頂にありながら、三十四歳で淋しく死んだマリリン・モンローの短い一生は、私たちを限りなく悲しくさせる。葬儀に列席したディマジオが、両手で頚をかくして泣いている写真を見ると、私たちまで泣きたいような気持になってしまう。そういう女だったのだ、モンローは!


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Last-modified: Wed, 25 Mar 2009 23:04:25 JST (3317d)