こんなふうに、彼女が次々と快楽を追い求める気まぐれな生活をしていたことには、一つの理由があった。それは歴史上有名な事実であるが、彼女の旦那様のフランスルイ十六世は、一種の性的不能者で、結婚以来七年ものあいだ、その妻を処女のままにしておいたのである。これでは彼女が欲求不満になるのも無理はなかった。やがて時代の空気が革命に向かって高まってくると、遊び好きで浪費家の王妃は、民衆の反感と憎悪の的になる。「赤字夫人」とあだ名され、「ふしだら女」と軽蔑される。

パリの街で暴動が起こり、貧しい階級の女房たちが「パンよこせ、パンよこせ!」と口々にわめきながら、ヴェルサイユ宮殿へ向かってデモ行進をはじめたことがあった。マリー・アントワネットは、お付きの女官に不思議そうに訊いた。

「あのひとたちは、なにを騒いでいるのですか」

「パンがなくて、飢え死にしそうだと言っているのでごぎいます」

「それでは、お菓子を食べればよいではありませんか」

このエピソードは、あまりうまくできすぎていて、本当の話かどうか分らない。要するに、マリー・アントワネットヒいう女は、それほど民衆の生活というものに対して無知だった、ということであろう。

この無知な遊び好きの王妃様が、やがて牢獄に押しこめられ、裁判所にひきずり出され、荷馬車にのせられて広場に連れて行かれ、ギロチンで首を斬られるまでの短い期間、まるで人間が変ったように、威厳にみちた、気高い態度の王妃様に、一変してしまったのだから、まことに不思議である。不幸によって、彼女はきたえられ、その悲劇にふさわしい大きさにまで成長したのだ。いまの女性は、あまりにも幸せすぎるかも知れない。


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Last-modified: Wed, 25 Mar 2009 23:01:40 JST (3431d)