ギロチンのまえではじめて気高くなった

少女時代に、バーネット女史の『小公女』を読んだ方は多いと思ぅ。大金持の父親が破産して、貧乏のどん底に突き落される『小公女』の主人公は、寒い屋根裏部屋で血なまぐさい『フランス革命史』を読んで、そこに出てくる悲劇の王妃マリー・アントワネットに大そう同情し、自分も彼女のように、みじめな境遇にいても、いつも気高い心を失わないようにしよう、と考える。

しかし、マリー・アントワネットは、最初から小公女が空想したような、そんな威厳にみちた、気高い心の王妃様ではなかったようだ。まだパリに革命の嵐が起る前は、贅沢好きで遊び好きで、国庫の金を湯水のように使う、まあ悪女と呼んでも差支えないような女にすぎなかった。

ヴェルサイユ宮殿から馬車を駆って、お気に入りの取巻き連中ともども、夜ごとにパリの劇場や賭博場へ出かけて行っては、空の白む頃にやっとご帰館になる、というようなご乱行もしばしばだった。現在でも、どこかの国に、そんな王妃様がいそうな気がする。

フランス十八世紀のロココ時代が、ちょうど彼女の生きていた時代であった。ロココ趣味といえば、繊細で優雅で洗練された、享楽的な貴族文化の極致である。ごてごてした渦巻の蝕線模様などが、すぐ私たちの頭に浮かぶ。現代のファッション界でも、ロココ調などという言葉が使われているのを読者はご存知であろう。フランス王妃マリー・アントワネットこそ、この十八世紀のロココ趣味の典型的な代表者だったのだ。

マリー・アントワネットは自分の好みにあわせて、ヴェルサイユ宮殿の片隅に、プチ・トリアノンと呼ばれる別荘をつくった。それは美しい女王にふさわしく、極度に線が細くて、うっかりすれば崩れてしまいそうな繊細な様式の建物であった。マリー・アントワネットはここで仮面舞踏会を催したり、芝居を演じさせたり、はては、池や小川や洞窟や、農家や羊小屋さえある牧歌的なその庭で、若い騎士たちとかくれんぼをしたり、ボール投げをしたり、ブランコ遊びをしたりして、気ままに遊び暮らしていたのである。


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Last-modified: Wed, 25 Mar 2009 23:01:35 JST (3318d)