謎深いドラマを秘めた女性

 一般に、マグダラのマリアといえば、はじめ淫売婦の自堕落な生活をしていたのに、やがてその罪を悔い改めて、熱心なキリストの女弟子になったという、極端から極端へ飛躍したドラマティックな性格の女のように見られているようである。あるいはまた、肉体は汚れ、泥にまみれているにもかかわらず、心はいつも清浄無垢なものにあこがれている、いわば天上的なものと地上的なものとの二方向に引き裂かれている、矛盾した性格の女を表現するためにも、マグダラのマリアという言葉は、よく用いられているように思われる。

 しかしどうやら、もと浮かれ女の放縦な生活を送っていたというのは、紀元五世紀の聖女、エジプトマリアのほうであって、新約聖書に出てくるマグダラのマリアのほうには、べつに前身が淫売婦であったという、はっきりした証拠はないらしい。

 それでもマグダラのマリアが、かつて女優であったとか娼婦であったとかいった通念は、私たち日本人のあいだばかりでなく、ヨーロッパにも、昔から広く流布しているようである。

 ヨーロッパの美術館から美術館をめぐり歩いていると、私たちはいたるところで、マグダラのマリアを描いた絵にぶつかる。それは派手な娼婦の服装をして、手に香油の壷をもっているマリアの姿であったり、ふさふさした長い髪の毛で全身を覆っている、悔悟した女の姿であったり、あるいはまた、砂漠の洞窟のかたわらで、頭蓋骨や十字架を前にして、熱心に本を読んでいる女隠者の苦行の姿であったりする。つまり、娼婦の生活を送っていた身持ちの悪い女が、キリストの手引きで悔悟してだんだん修業を積み、やがて聖女になるという一生の、各時代を表れしているわけである。


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Last-modified: Wed, 25 Mar 2009 23:06:22 JST (3432d)