ジョルジュ・サンドが、もっぱら自分より若い男を好んで愛したということも、彼女の男勝りの性格から言って、当然のことだったかもしれない。詩人のミュッセと公然たる仲になったとき、彼女は二十九歳、ミュッセは二十三歳だった。二人はイタリアヴェニスに駈け落ちしたが、ミュッセはそこで大病になり、サンドは熱に苦しむ詩人をほっぽり出して、別の男と一緒に逃げてしまった。その男というのが、ミュッセのかかっていた土地の医者だったというから、これはどう考えても彼女の方が悪い。

音楽家ショパンとのロマンスが始まったとき、サンドはすでに三十代の半ばで、ショパンは二十七歳。二人のあいだには十歳の開きがあり、サンドは今までの専制君主的な恋愛とは打って変って、母親のように若い男の面倒をみた。しかし、これがショパンには拷問のような苦しさで、ようやく女と別れたとき、彼は廃人同様になっていた。

サンドが惚れ抜いていたのに、ついに手に入れることができなかった男もいた。すばらしいダンディーのピアニスト、フランツ・リストがそれである。リストにはダグー伯爵夫人という愛人がいて、彼女に義理を立てていたのである。このダグー夫人に対しても、サンドは同性愛めいた友情を寄せていたというから、話はまことに複雑である。ダグー夫人に宛てて、サンドはつぎのように胸の思いをぶちまけている。「あたしの痛切な願いは、あのリストが力いっぱいたたくピアノの下に身を横たえることです」と。

こうしてみると、案外、サンドも平凡な女の幸福を夢みていたのではなかったろうか、と思われてくる。


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Last-modified: Wed, 25 Mar 2009 23:02:10 JST (3496d)