男性遍歴をしながら一度も満足しなかった

近ごろは日本にも、パンタロンをはいたりして堀爽と銀座を歩く、ボーイッシュな服装の若い女性がふえてきたようであるが、いわゆる「男装の麗人」の元祖のような人物に、フランス十九世紀の女流作家ジョルジュ・サンドがいる。

服装ばかりか、サンドは葉巻までふかして、男のまねばかりしていたので、レスビアンの疑いをかける人もいたくらいであるが、その実、彼女ほビ多くの男性と交渉をもった、男性遍歴の経験豊富な女性もまれだったのである。しかも、その相手がすべて高名な芸術家だったから、当時のパリでは、彼女をめぐるスキャンダルも相当なものだった。

これぞと思う男性を、サンドは必ず手に入れた。二、三日で別れてしまった相手もあれば、音楽家ショパンとの場合のように、十年近くつづいた関係もあった。そして結局のところ、彼女はどんな男性にも心から満足したことがなかったのである。それでも、世間では、サンドは男狂いの女、男を呑んでしまう色情狂の女と噂されていた。男なら、さしずめドン・ファンというところであろう。しかし、女のドン・ファンなどというものが考えられるだろうか。もしかしたら、彼女は冷感症のフラストレーション(欲求不満)から、あのように大胆かつ奔放な行動をとっていたのではあるまいか。

たしかに、そういう疑いをかけられるような点がないこともなかつたのである。『カルメン』の作者として有名なプロスペル・メリメは、色事師としてパリ中に知られていたが、あるとき、このジョルジュ・サンドを夢中にしてやろうと、彼女と二晩を過したのである。けれどもメリメは失敗した。サンドは少しも燃えなかった。

失敗した腹いせに、メリメは「サンドには肉体的欠陥がある」と言いふらした。これに対して、サンドはつぎのように告白している。「あのとき、彼が本当にあたしを愛していてくれたら、たぶん、彼はあたしを征服することができたでしょう」と。これは非常に女らしい、率直な告白というべきだろう。女たらしの技巧だけでは、彼女のような誇り高い女を燃えあがらせることは無理なのである。


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Last-modified: Wed, 25 Mar 2009 23:02:05 JST (3318d)