ロマノフ朝(ロマノフちょう)は、ロシアの王朝である。16世紀末のフィラレート・ニキーチチ・ロマノフの代に台頭し、その息子であるミハイル・フョードロヴィッチ・ロマノフが1613年にリューリク朝後の動乱期1を制して初代ツァーリに即位し、18代 ニコライ2世が廃位させられる1917年まで続いた。専制君主として君臨し、 ピュートル1世(ピュートル大帝)のとき西洋化・近代化を進めヨーロッパの列強に加わり、その後勢力を拡大してヨーロッパから沿海州までを支配した。その後宮廷革命でドイツ人のエカチェリーナ2世が即位する。この過程でロマノフ家にはドイツ系の血が濃厚となった。19世紀に入ると立憲君主制を求めてデカブリストの乱が起こる。1905年革命で専制君主制から立憲君主制へ移行し、ロシア革命で君主そのものが打倒される。ロマノフ家の男系の嫡流は、1730年に断絶しており、さらに1762年にホルシュタイン・ゴットルプ家からピョートル3世を皇帝として迎えており、実際には、1762年以後はホルシュタイン・ゴットルプ・ロマノフ王朝と呼ぶのが史実的には正しい。
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ロマノフ家

:行為
:組織集団


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Last-modified: Thu, 15 Dec 2005 22:48:48 JST (4514d)