一八九一年、パリのおまわりさんが、公園のベンチにすわっている、日雇い 労務者凰の若い男を見つけて、近づいてみると、あっと驚いた。何と、この青 年は鋏で自分の左腕の肉を切り取って、陶然たる面持で、その血まみれの肉片 をむしゃむしゃ食っていたのである。 まあ、自分で自分の肉を食うのだから、べつに犯罪というわけでもなく、本 人の勝手といえば勝手かもしれないが、しかし異常な事件であることに変りは あるまい。 警察へ連れてきて、事情をきいてみると、この青年の頭のなかには、十三歳 当時の少年の頃から、奇妙な固定観念のような甘美な妄想がこびりついている のだった。つまり、彼は色の白い肌のきれいな若い娘を見ると、その娘の肌の 一部分を噛み切って、食いたくてたまらなくなるのだそうである。いわば白い 肌が彼のフェティッシュだったわけだ。そこで、刃物屋で大きな鋏を買ってき て、街をうろつき、自分の理想の娘を物色していたが、なかなかチャンスがな い。とうとう歩き疲れて、公園のベンチにすわり、自分の腕のいちばん柔らか そうな、いちばん白い部分を鋏で切り取って、これを頭のなかで娘の肉だと空 想して、食うことを思いつき、実行していたのだという。まったく驚き入った 男である。 #ls2(妖人奇人館/倒錯の性)