東インド諸島の森のなかに、背の低いずんぐりした常緑の樹が生えている。見栄えのしない卵形の葉は革質で、その花は緑白色、その果実は蜜柑のようなオレンジ色を呈し、果皮をむけば白いゼラチン様の果実があり、なかには平べったい数個の種子を蔵している。これが学名をストリヒノス・ヌックス・ホミカ(Strychnos Nux Vomica)と称する植物(ふじうつぎ科)であって、世に名高い猛毒薬ストリキニーネは、この種子に含まれているのである。

種子の形は円盤状で、直径は一インチぐらい、表面には繻子様の毛茸が生え、薬学者はこれを「番木鼈《ばんぼくべつ》」または「馬銭子《マチンシ》」と呼んでいる。この馬銭子を煮沸アルコオルに混じ、その溶液を蒸留し、残渣へ硝酸を加えると、非常に苦い白色結晶性の難溶性物質ストリキニーネを生ずる。一八二〇年、このアルカロイドをはじめて化学的に遊離させたのは、ペルティエおよびカヴァントゥという二人のフランスの薬学者であった。

その後、ストリキニーネは犯罪の世界に華々しく登場しはじめた。それは薬局のケースのなかに常備されて、医薬品としての役目も果していたので、ある種の職業の人々には容易に入手が可能だったのだ。

では次に、この猛毒薬を用いて、少なくとも数人の人間の生命を次々に奪ったイギリスの医者の例をお話ししよう。

#ls2(毒薬の手帖/巧妙な医者の犯罪)


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